大判例

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高松高等裁判所 昭和44年(う)330号 判決

本籍

高知県安芸郡安田町大字小川三八四番地

住居

高知市神田字吉野一、六七六番地

会社役員

小川勝一

大正五年五月一四日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、高知地方裁判所が昭和四三年一二月一六日言渡した判決に対し、検察官より適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官島岡寛三出席の上審理して、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。原審における訴訟費用中証人小喜多清(三回分)、同藤原勇(昭和三八年五月七日分)、同森沢順一に支給した部分は、被告人と原審相被告人野村好久、同石本鷹雄との連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある高知地方検察庁検察官近藤正巳作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一点法令適用の誤について。所論は要するに、原判決は被告人を罰金一五〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する旨言い渡したが、右の割合によると労役場留置日数が一、五〇〇日に達し、刑法一八条一項所定の二年の期間を超えることとなる。従つて原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない、というのである。

そこで原判決を検討するに、所論のように、原判決はその主文で、被告人小川勝一を罰金一五〇万円に処し、同被告人が右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する旨言い渡したことが明らかであり、罰金を完納しない場合の労役場留置日数は、一、五〇〇日となつて、二年を超えることとなる。これは、罰金を完納することができない者は、一日以上二年以下の期間労役場に留置すると規定した刑法一八条一項に違反することが明らかであり、右法律の適用の誤は、判決に影響を及ぼすこというまでもない。従つて論旨は理由がある。

そこで爾余の論旨に関する判断をまつまでもなく、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、直ちに当裁判所で判決をする。

原判決が適法に認定した事実に法律を適用すると、被告人の各所為は、昭和四〇年三月三一日法律第三四号による改正前の法人税法四八条一項、一八条一項、昭和四〇年三月三一日法律第三四号附則一九条、刑法六〇条に該当する。

そこで記録を調査して被告人に対する科刑の選択につき考察するに、被告人は、昭和二七年一二月高知通運株式会社(主として野菜、西瓜等園芸物の輸送を扱つていた)の代表取締役副社長として迎えられ、当時極度の営業不振に陥つていた同会社の再建に努力し、そのため同会社は、昭和三二年頃から次第に業績が伸び始めるに至つたが、(イ)会社が再び営業不振に陥る場合の用意のため、(ロ)会社の利潤増加に伴い激しくなつて来た労働組合攻勢に対処するため、(ハ)荷主である園芸組合に対し運賃の払戻しをする資金を保有するため、(ニ)園芸物の輸送につき関係方面への陳情費、交際費を捻出するためなどの目的により、いわゆる簿外経理を発意し、右会社の社長野村好久、常務取締役総務部長兼総理部長石本鷹雄(いずれも原審相被告人)と相謀り、右会社の昭和三三年下期より昭和三五年下期までの五事業年度に亘つて、収入の除外、架空負債の操作による収益の除外等の方法により、法人税額合計一、四二七万余円を逋脱したものであつて、被告人は専ら会社の経済的基礎を確立するために企てたものであり、私利を図つた形跡は窺われないとはいえ、税逋脱額が右のように巨額に上ること、当初被告人が前記石本鷹雄(被告人の弟)に指図していわゆる簿外経理をやらせたこと、その他本件違反行為の態様を考慮に容れると、被告人の本件刑事責任は決して軽くはなく、これに原審相被告人野村好久、同石本鷹雄に対する科刑(いずれも懲役刑に処せられている)との権衡を考えあわせれば、被告人についても所定刑中懲役刑を選択するのが相当と思料される。

ところで被告人の原判示各所為は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情最も重い原判示(四)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役四月に処し、情状刑の執行を猶予するのが相当と認められるので、同法二五条一項一号により、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浮田茂男 裁判官 三木光一 裁判官 奥村正策)

控訴趣意書

法人税法違反 小川勝一

右の者に対する頭書被告事件につき、昭和四三年一二月一六日、高知地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

昭和四五年一月一六日

高知地方検察庁

検察官検事 近藤正巳

高松高等裁判所 殿

原判決は、公訴事実とおりの事実を認定しながら、検察官の懲役六月の求刑に対し、被告人を罰金一、五〇〇、〇〇〇円に処し、右罰金を完納しないときは一日一、〇〇〇円の割合で被告人を労役場に留置する旨の判決を言い渡したが、右判決は、換刑留置の言い渡しにつき、法令の適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるばかりでなく、罰金刑を言い渡した点につき、その量刑が著しく軽きに失し、不当であるから、当然、破棄を免れないものと思料する。

第一 法令違背について

原判決は、被告人を罰金一、五〇〇、〇〇〇円に処し右罰金を完納し得ないときは一、〇〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置する旨を言い渡したが、一日一、〇〇〇円の割合で労役場留置日数を換算すると、実に一、五〇〇日に達し、刑法第一八条第一項所定の留置期間の長期二年を優に超えることとなる。したがって、原判決には、明らかに刑法第一八条第一項の解釈、適用を誤った違法があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、とうてい、破棄を免れないものと思料する。

第二 量刑不当について

一 被告人は、本件犯行の主謀者であつて、その責任は、きわめて重い。

本件犯行は、高知通運株式会社が、昭和三三年六月一日から昭和三五年一一月三〇日までの間、五事業年度にわたつて、収入の除外等の方法により所得を秘匿し、過少申告をしたことによつて法人税額合計一、四二七万七、四八〇円を逋脱した事案であるが、その実行行為者としてこれら収入除外等の簿外経理を計画指導したのは、同会社の代表取締役副社長である被告人小川勝一であり(記録二、五五六丁、二、五五七丁、二、五八〇丁ないし二、五八二丁、二、五九三丁)、常務取締役経理部長石本鷹雄は、被告人小川に指示されて部下営業課長らをして収入除外等の帳簿操作を行なわせ、その所得を架空名義の定期預金にして秘匿し、また代表取締役社長野村好久は、被告人小川の発案に承認を与え、判示日時に所轄高知税務署長に対し、それぞれ虚偽の申告書を提出して本件犯行を敢行したものである(記録二、五五六丁、二、五五七丁、五九三丁、二、七一九丁、二、七二〇丁、二、七二六丁)。したがつて本件逋脱事犯の主謀者は、被告人小川勝一であつて、その責任は、共犯者野村および石本に比して、きわめて重い、といわなければならない。

二、被告人に対する量刑は、他の共犯者に対するそれと対比し、刑の権衡を失している。

原判決は、本件犯行につき、共犯者野村好久を懲役六月(執行猶予一年)に、石本鷹雄を徴懲役三月(執行猶予一年)に各処し、被告人小川勝一を罰金一五〇万円に処しているが、被告人小川に対する右量刑は、その地位および所為に徴し、共犯者の量刑と著しく刑の均衡を失している。

被告人小川勝一は、被告会社が、経理の杜撰、従業員の使い込み等の事由により、国鉄に対する鉄道後納運賃の滞納約八、〇〇〇万円を抱え、破産寸前にまで追い込まれた昭和二七年ごろ、実弟石本鷹雄と共に同会社の経営陣に迎えられ、同会社の代表取締役社長としてその経理の全般的支配を委されていたものであるか、前記のごとく、その法人税を逋脱することを計画し、これを野村に打ち開けて承認を求め、かつ石本に指示して収入の除外等の方法により所得を秘匿し、その結果、野村が被告会社代表取締役名義で過少申告をしてその逋脱を遂げているのである。

したがつて、被告人の犯情は、その地位および所為からみて、共犯者野村および石本に比し、決して軽くはなく、むしろ主謀者として、より重き責任を負うべきであるにもかかわらず、原判決は、野村、石本に対しては懲役刑を言い渡しながら、被告人小川に対しては罰金刑を言い渡したのであつて、量刑上、著しく権衡を失するものといわなければならない。

原判決は、被告人小川に対してのみ特に罰金刑を選択した理由についてなんら判示するところがないので定かではないが、察するに、野村は、社長であるが、被告人は副社長であること、また被告人は、本件犯行の共謀者であるとはいえ、その具体的な所為は、発案者であるというほかは、石本に対して収入除外等の簿外経理の実行を指示したにとどまつていること、などの点から、野村や石本よりも犯情において軽いと判断したものと考えられる。

なるほど、法人税過少申告による逋脱事犯においては、その過少申告行為自体が、昭和三二年法律第二八号法人税法第四八条第一項所定の不正行為にあたるものであつて、課税所得形式の基礎となる個々の取り引きないし会計的事実についての虚偽または粉飾の所為は、いわばその準備行為に過ぎないものである。しかしながら、逋脱行為としての過少申告も、実は、その準備行為たる収入除外等の簿外経理をなした結果であることを思えば、刑責量定上、右簿外経理の発案、計画および実行者の責任は、申告者自身の責任と大差があるべきいわれはない。さればこそ、原判決も、右準備行為をなした石本に対して懲役刑を選択しているものと思われるのである。

そうだとすれば、本件逋脱事犯の発案者であり、かつ石本に対して収入除外等の簿外経理を指示し、実行させている被告人小川の刑責は、これを軽視すべきではない。しかるに、原判決は、同被告人に対して、特に罰金刑にしなければならない特段の事情も認められない本件につき、ことさら罰金刑を選択し、野村および石本に対する量刑との間に大差を設けたものであつて、著しく刑の権衡を欠くものといわねばならない。

三、これまでの脱税事犯の裁判結果に照らしても、被告人小川を罰金刑に処したことは、その量刑がきわめて軽きに失し、不当である。

原判決も認定しているとおり、本件犯行は、五事業年度にわたつて、法人税額合計一、四二七万七、四八〇円を逋脱した事案である。ところで、これまでの法人税法違反被告事件の裁判結果をみてみると、その逋脱した法人税額が多額である場合には、高知地裁管内でもその実行行為者に対しては、いずれも懲役刑に処している実情にある。(別表判決結果参照)のであつて、これらの裁判例に懲しても、本件犯行の主謀者である被告人小川に対して罰金刑をもつて臨んだ原判決は、その量刑がきわめて軽きに失し、不当であるというべきである。

以上の理由により、原判決には、法令の適用に誤りがあり、しかもその誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつその量刑も著しく軽きに失すると思料するので、原判決を被棄し、さらに適正な裁判を求めるため、本件控訴に及んだ次第である。

別表

昭和四三年以降高知地裁管内の法人税法違反事件判決結果

〈省略〉

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